2017年07月04日

理屈なんです。

学生時代は作曲を勉強していて
現在でもタマに自主的に勉強しています。

唐突ですが僕は全てのことにおいて
「理屈じゃないんだ」
って言う人は、あまり好きになれません。

誤解なきように言えば
僕も「理屈じゃないんだ!」っていう考え方が基本の人間です。
でも理屈は、とっても大切です。

例えば作曲なんですが、勉強を始めると序盤は
「この場合においてコレはしてはいけない」
「この場合においては、こうする方が好ましい」
というものの方が多いんです。

それが理論を理解していくにつれ
「この場合においては、こういう風にしても構わない」
「この場合においては、こういう風にしても説明がつく」
という要素がどんどん増えだします。

そして最終的には、おおよそのこと、
かなり無茶なことでも無理やりに説明がつくようになります。

今の僕は、だいたい、このレベルまできています。

こっから先は今から勉強する領域ですが
結局のところ
「音楽は自由だ」
「本人(もしくは聴き手)が納得さえしていれば何でもいい」
という領域にたどりつくことが分かっています。

よって「音楽は理屈ではない」という結果に至るのですが
僕は作曲の理論を勉強していなければ
「理屈じゃないんだ!」という考えには至っていません。

また、自分の作品はもちろん
他人が作った作品においても
「明確な根拠はないんだけど、この説明のつかない音が気持ちいいんだよな〜!」
という曲に触れた時であっても
常日頃から基本的な理論を大切にした上で丹念に作っているんだから
「自信を持てよ!」
っていう考え方を持てるようになりました。

これは言うまでもなく基礎段階の上で
ちょっとした細かいことに気配りしながら作っている
という自信や根拠があるからです。

だからロクに基本的な理論を勉強もしようとしない人が
「理屈じゃないんだ!」って言うのを見ると
ただのテヌキにしか見えないんです。

タマに僕は「その曲は理論的におかしい」
と他人の楽曲を指摘することがあるんですが、
それは理屈どうこう以前に
「ちゃんと細かいとこまで気を配ってる?」ってレベル
...いや、それ以下のレベルでテヌキだったりします。

インターネットが普及した昨今
「美しい言葉」が簡単に検索できるようになり
言葉ばかりが頭デッカチになっている時代。

僕は言葉が稚拙で
特に作詞は正直なところ作曲に比べレベルはかなり低く
こちらも日々、改善を試みていますが、
それとは別に稚拙な言葉の中に
しっかり自分の中身を詰め込み
作詞と作曲の共同作業で曲を作りたいと考えています。

そんな僕は一時期、作詞に対して
「理屈じゃないんだ!」という言葉で鍛錬から逃げようとしました(笑)。
posted by k451 at 22:31| 兵庫 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする