2018年06月06日

主観と直感

現代の世の中は言葉や単語の存在だけが先行している。
現代の世の中は美しい言葉の存在だけが先行している。

僕はシンガーソングライターであるが
世の中に溢れている言葉だけを拾い集めて
美しい歌詞を書いて響きの良い歌を作ることは
もはや容易な時代になってしまったように感じる。

だからこそ
自分の言葉で、そして自分の真実のみを使い
自分なりの表現をしないといけないと思っている。
もちろん、その上で美しい言葉や響きが完成できれば最高なのだが。

最近とても残念に思うのが
「客観視点(目線)を持て」という言葉を
まるで天下無敵の伝家の宝刀のように使っている人を見かけることだ。

もちろん僕自身の人生の反省として
自分の主観や直感を他人に押し付けたり
自分の主観や直感だけで全ての物事を語るのは
愚かな行為であると思っている。

他人のことを気遣い思いやり
他人の視点に立って物事を考えれる人間でなくてはいけない。
そしてミュージシャンなんだから当たり前に客観視点や目線を
持てる人間にならないといけない。


だがしかし!(※朝日新聞っぽいかな?)


客観視点や客観目線を持ち
他人のことを気遣い思いやるためには
「まず自分にはどう見えたか」「まず自分はどう感じたか」
という主観と直感を
素直にストレートに心に留めれる人間にならないと話にならない。

もちろん
「まず自分にはどう見えたか」「まず自分はどう感じたか」
という主観と直感を他人に押し付けたり
それ一辺倒で物事を語るのは愚かである。


だがしかし!(※朝日新聞のマネ)


「他人にはどう見えているのか」「他人はどう感じたのか」
を推測し、自分なりに他人に気遣いをするためには
結局のところブレのない自分の主観や直感を基本点や基軸にしないと
“出発点”が存在しなかったり
“出発点”が曖昧になるため
正確に他人の目線や気持ちを推し量る
...とまで言ってしまうのは無理があるが
少なくとも「自分なりの気遣いや心使い」をすることは
自分の主観や直感を大事に出来ない人間には困難なのである。

そしてその結果、
自分の主観や直感がブレブレな人間が繰り出す
客観目線と言いますか
他人への気遣いや心遣いっていうのは
とても独善的で自分勝手で
要するに極めて主観的で直感的なものになってしまうのである。

これぞ本末転倒!


まるでお決まりの必殺技のように
「客観!客観!」って言ってる人を見ると
もうちょっと自分の感覚ってものを信じてやれよ...
と思ってしまうし
結局のところ他人に何かを与えれる
その何かのパワーっていうのは
自分の感性が発生源になっている
ということに気づいて欲しい!

と思う最近の横井佳なのであるが
これは、
自分を信じるのが当たり前で
自分に自信を持つのが当たり前な
ミュージシャン特有の職業病であるとも感じている。

最近「“素直”が評価されるのは子供だけだよ」
っていう社会ではありがちなセリフ
を言われたことがあり
これは10年前の僕なら烈火のごとく怒り出し
そして大雨が降るかのごとく悲しんだと思うが
34歳のオッサンとなった今では
そう声をかけてくれた人に対して
とても残念な気持ちと
自分勝手ではあるが少し同情していまう気持ちを抱いている。

そして
もしも僕が音楽の世界を離れてしまうことが
もしもあった場合に
そんな感性しかない世の中と言い切るのは愚かだが
そんな世の中で生きていくのは到底無理だ
と思ってしまった。

なんとか今、頑張らないと!







posted by 横井佳 at 20:27| 兵庫 ☔| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする